2009年05月31日
伊達政宗11
それでは今回も、政宗の逸話を紹介していきます。
二条城へ参内する時に、御三家でも許されることは無かった紫の馬の総を政宗は与えられたそうです。
周囲からの支持も、余程大きかったのではないでしょうか?
実戦経験が無かった将軍家光は、しばしば政宗など実戦経験豊かな大名に合戦について質問をしたそうです。
ある日、政宗と佐竹義宣(さたけ よしのぶ・佐竹氏19代当主)を招き、先にあった摺上原の戦いについてさまざまな質問をしましたが、勝者であった政宗は雄弁であったのに対して、敗者の佐竹義宣は終始無言で、唇を噛みしめているだけだったとそうです。
佐竹氏にとっては何とも辛い出来事だったでしょうね…。
自分の雄姿について意気揚々と語る政宗が想像できる気がします。
政宗が病床についた際、医者を手配した上で江戸中の寺社に快癒の祈祷を行わせたそうで、政宗の死ぬ3日前には家光自らが見舞いに訪れたそうです。
政宗が亡くなると、家光の父である秀忠が死んだ時よりも嘆き入り、悲しんだようで、江戸で7日、京都では3日間の間殺生や遊興が禁止されたと言います。
このことからも、いかに家光が政宗に対して強い想いを抱いていたかが分かりますよね。
政宗の遺品の中に、ロザリオがあったことなどから、彼は密かにキリスト教に帰依していたのではないかと言われています。
また、政宗の長女である五郎八姫は一時期キリシタンだったとの記録が残されているそうです。
逸話は続きますが、次回は政宗の趣味に関する逸話を中心に紹介したいと思います。
- by ayakaf
- at 18:50