2009年05月23日
伊達政宗2
今回から少し、政宗の生涯について書いていきたいと思います。
今回は幼年期についてです。
彼は、出羽の米沢城ににて生まれます。
彼の母である、義姫が懐妊前に白髪の老僧の瑞夢を見たという伝説や、政宗は万海上人の生まれ変わりであるという伝説が政宗存命中より語られていたそうです。
1571年、疱瘡(天然痘)を患い、右目を失明します。
当時、この病を治す治療法は無く、死の病でありました。
豊臣秀吉や、徳川家康に「右目はどうした?」と聞かれたときに政宗は、「木から落ちたとき、右目が出てきてしまったが、あまりに美味しそうだったので、食べてしまった」と語ったそうです。
これは、『三国志演義』の夏候惇の故事を引用したものだとされています。
また、片倉景綱が飛び出ていた右目をえぐり出したという話も有名です。
1572年、政宗の将来を心配した彼の父、輝宗が招いた臨済宗の虎哉宗乙(こさいそういつ)禅師による厳しい教育が始められ、仏教や漢字を学ぶようになったそうです。
1575年、神職の子である、片倉景綱が守り役を命じられ側近となりました。
景綱は政宗の側近中の側近として、そして時には軍師として主である政宗に生涯忠誠をつくしたのです。
- by ayakaf
- at 02:10