2009年05月23日
片倉景綱3
今回は、片倉景綱の逸話を紹介したいと思います。
景綱の主である政宗の初陣の際、敵兵を深追いしたために逆に敵兵たちに囲まれてしまったことがあったそうです。
そのとき彼は、「我こそが政宗なり」と自軍から進み出て相手を引き付け、政宗の窮地を救ったのです。
政宗は幼少時に疱瘡(天然痘)が原因で右目の視力を失いました。
しかも、その後その患った右目の眼球が飛び出し、その醜い顔つきに政宗は大きな劣等感を抱き、無口で暗い性格になってしまったそうです。
景綱はそんな政宗の性格を直そうと、政宗を侍医の居る部屋へと引っ張って行き、景綱自らが政宗の頭を抱え込み短刀で一気にその飛び出ていた眼球をえぐり出しました。
これ以降、政宗は暗い性格から明るく、文武両道に精進する少年へと成長したそうです。
この出来事があったからこそ、政宗と景綱の間には強い絆が出来たのかもしれませんね。
片倉景綱の死後、彼の人徳を慕っていた家臣6名が殉死したいう話が残っています。
政宗との絆、家臣たちからの絶大な信頼があったからこそ、景綱は今の世にまで名を残す名軍師となれたのではないでしょうか?
今回で片倉景綱についての紹介は終わります。
- by ayakaf
- at 01:13