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2009年05月31日

伊達政宗7

伊達政宗の回もとうとう7回目になりましたね…!
今回は、彼の逸話について書いていきたいと思います。

政宗の父、輝宗は伊達家中興の祖と呼ばれる第9代政宗にあやかって、自分の息子に政宗と名付けたという伊達家はそれまで足利将軍から一字拝領を習慣としていたそうです。
しかし、政宗の元服は足利義昭が織田信長によって追放されたあとであったために、一字拝領は無かったのです。
政宗本人もそのことを誇りにしていたそうで、実際、政宗はその先祖にまつわるところへの埋葬を望み結果的にそこへ埋葬されたのだそうです。

隻眼の行者である、満海上人の生まれ変わりであるという逸話は、政宗が存命していた頃から広く知れ渡っており、東北地方の昔話の中には「仙台様(政宗のことです)の霊力で母親の病気を治してもらうために旅に出る農民の話」などというものが伝わっているそうです。

正室である愛姫と、その他にも少なくとも7人の側室が居たとされています。
五郎八姫など十男四女をもうけたとの記録が残っているそうです。
正室の愛姫が産んだ嫡出子は、はっきりと記録に残っていますが、側室が産んだ庶子は成人した子しか記録に残っていない可能性があると言います。
また、側室も政宗との間に子供をもうけた女性だけが正式に記録され、実際には他にも関係を持った女性がいた可能性も大いにあるそうです。

逸話は次回に続きます。

キャロウェイ ビッグバーサ