2009年05月14日
長宗我部元親
今回は、戦国時代から安土桃山時代にかけて土佐(今の高知県)の戦国大名であった長宗我部元親を紹介します。
まずは、この名前読めるでしょうか?
ちょうそかべもとちか、と読みます。
私も初めて彼の名前を目にした時、全然読めませんでした…。
元親の幼名は弥三郎(やさぶろう)です。
彼の家系は元々秦の始皇帝を祖とする秦河勝の血筋を引いたものだそうです。
そのせいか、元親は色白で背が高く異国の血が入ったような容姿をしていたとも言われています。
そんな彼の初陣は一般的な武将たちと比べればかなり遅いであろう、22歳の時だそうです。初陣の時には「鬼若子」といわれるほどの活躍をしました。
このあたりについては、逸話としてまた別の機会に紹介したいと思います。
無事初陣を終え、家督を継いだ後は土佐の国人から戦国大名となったのです。
そして、阿波の三好氏、讃岐の十河氏、伊予の河野氏などの大名を破り、元親は四国の覇者となりました。
しかし四国統一を達成してからつかの間、豊臣秀吉に敗れ豊臣の政権下に入ったのです。
彼の最期は伏見の屋敷にて1599年(慶長4年)5月19日、享年61歳で死去。
元親のを継いだのは四男の盛親でした。
これからしばらく元親について紹介していきたいと思います。
何かと至らないかもしれませんがよろしくお願いします…!
- by ayakaf
- at 01:21